恭姫の侍女を束ねる女官が、章王に呼び出された。姫が機織りをしていることを確かめ、体に悪いのではないかと叱責に近い剣幕で案じている。
「陛下も結局、人の親なのですわ」
 女官や侍女を看る女医者の楡羽雨が、暁晏にこぼす。暁晏に宛てがわれた部屋である。殿医である枋暁晏は、王族の医者を務めるだけでなく、城で働く者や彼らのための医者を束ねる立場にある。城の中の人間の不調は、全て暁晏の耳に入ることになっていた。
 今日は第十一の月の初めである。羽雨がまとめた前の月の記録を、暁晏が見ていくのだ。
「姫がご自分で選んだことだ。それで毒が早く回るとは思えん」
「枋先生、先生が薦めたのでしょう」
「じきに私も陛下に呼ばれるだろう」
「降格かしらね。次期の御殿医は誰かしら」
 長年の同僚である。軽口を言う。
「降格で済めばいいがな。次の御殿医には、私は杏恵弾を推すよ。腕も頭も良い」
「杏……ああ、薬作りに呼ばれた町医者。腕は良さそうだけど、城内の立ち回りは苦手そうね」
「痛い所を突くなあ」

 暁晏は、恭姫の侍女の体調を記した帳簿に目を通している。ふと、一人の侍女の記録で目が止まる。恭姫の不寝の番を務めた明くる日から、風呂に入っていない。月のものは二十日前から五日間と記録にある。それで入らないのではない。
「この者はどうしたのだ。風呂に入って髪と体を洗って清めることは、姫の身の回りの世話を健全に行う上で欠かせないことだ」
 自分が体調を崩せば、満足に姫の世話をすることはできない。姫の不調を見落とすこともあろう。他者に移るような病にでもなろうものなら、姫や国王家族はおろか、城務めの者たち皆に病が広がることが考えられる。多くの人が出入りする城である。病は国中へも広まりかねない。城にいる者が健康であることは、最も注意すべきことである。
「いや、この娘は身体を拭き清めはするのよ。髪も洗っている。身体の不調も言わないし、熱も。だから気にかけなかったけれど」