「うちの晩飯だけど、食べていくだろう?」
 作業場に里登が戻って来ると、綺与は笑いかけた。里登は嬉しそうに頷いた。

「悪いね。あの梨家から直々に頼まれちゃあ、納期を遅らすことはできなくて」
 作業場の隣の部屋が昼間は店子の食堂だが、朝晩は家族がそこで飯を食べる。食堂のその続きからは住まいになっており、綺与の家族はもう休んでいた。里登の前に皿を並べて綺与は言った。
「だったら、」
 里登は言いかけて、少し躊躇う。煮魚、青菜の和え物、湯気を立てる汁物と炊きたての飯。こんなに美味しそうなものを出してもらって、気落ちさせるようなことを言っては悪い。
「何だい」
「いいえ……いただきます」
「姫様のことかい」
 容易に言い当てられる。それこそ城からの依頼では断れないだろう。
 豪華な織りを施す式典の衣装の布を城に納めると、綺の店はその年の税を免れる。何本もの高価な糸と高度な技が必要で、熟練の織り子が二月かけて織り上げる。この数年は里登も任されているが、それを織る間は他の仕事ができない。それでいて、税もないが報酬もない。ただ、その布地が人々の目に留まり、多くを求められるようになれば、店への注文が増える。そんな因果がある。どのように織り上げようかと考えたり、色々な技を試すうちに己の技量が上がったり、より美しい模様になったりするのは面白い。頭と身体全部を使って織機を繰るそのふた月は、毎日くたくたになるけれども里登は決して嫌いではない。
 だが、この度の姫様の受け入れはどう考えたら良いのだろう。二日ではまだ、頭の整理ができない。日常使いの品となる布を、たくさん織るのが綺の店の基本的な仕事だ。その織機の一つを、全くの初心者である姫様に使わせ、作業場にいる間はずいぶんと気も使う。ただでさえ、神官の長を務めた梨献士からいつもと違う注文を受けたところだ。仕事が進まないと気を揉む。
 姫様は何でも、足を怪我していて、実は長いお命ではないという。自分よりお若いのに、可哀想だと思う。その気持ちは真だ。だったら余計に、お城にいて静かに過ごしていた方が良いのではないかと思うのも。
 そのようなことを、綺与の作った晩飯を食べながら、ぽつぽつと話した。綺与は自分の分の飯を食べながらも頷き、決して否定せずにそれを聴く。