真昼より少し前に、二人は杏家に戻った。店の表戸の前に恵正は籠を下ろして、貞陽を通用口から母屋へ向かわせる。ややあって、店の表戸が内から開いた。
「お帰りなさい」
 丹袮が出迎える。
「ああ、帰ったよ」
 貞陽が内から外へ出て、薬草でいっぱいの籠を中に入れる。
「爺守りはどうだったかい、貞陽」
「大先生は、全く爺なんかではありません。山道を、鹿のように軽々と歩くんです」
 丹袮の問いに、貞陽は少しむくれて答える。思っていた以上に疲れたのだろう。
「そうか。次に山に入るときも共を頼もうと思うのじゃが、貞陽は嫌か」
 首を横に振る。
「きっと呼んでください。面白かったんです、とても」
 恵正はからかって言ったが、貞陽は思いがけない反応をした。
「何と言ったらいいのかわかりませんが、大先生に草木の名前を教えて貰って、面白かったんです。友達が増えていくようでした」
「まあ」、と丹袮は楽しそうに笑った。恵正も、その言葉に何だかむず痒いような、そして温かいような心地になる。

「貞陽、奥に昼飯を用意してあるよ。恵正さんも、まずはお昼ご飯にしましょう」
 そうじゃな、と言って、恵正は表戸を閉めた。内から閂をして、貞陽を母屋へ促した。