向かいの家だ。寝具を商っている。
「先生、おれも手伝えるよ。貞陽なんかより役に立つ」
 十二になる貞陽より二つ年上の昂礼が、飯を掻き込みながら息巻いて話す。
「お前は、全元のところで働くことが決まっているだろう」
 全元は城下町で一番大きな宿、樹全屋を営んでいる。多くの人々が通過していく、交差点のような場所だ。菜音や貞陽は樹全屋に置いていかれた子どもだった。昂礼の母は樹全屋で働いていたが、ある酔客に襲われた。そして生まれたのが昂礼だった。
「お前の母さんが死んだあとも、樹全屋にいて良いと言われたのに」
「先生、おれはおっさんの所で働くのが別に嫌なんじゃねえよ。おっさんの宿にいたら、おれの知っている場所は樹全屋が全てになっちまうと思ったから、宿居場に出てきたんだ」
「その言葉遣い、全元が聞いたらかんかんに怒って直すだろうよ」
 昂礼は屈託のない顔で笑った。血気盛んな若衆が使う言葉を、昂礼は宿居場で吸収した。

「お前はなあ、昂礼」
 綺与が出した茶を啜る。
「立端もあるし、頭の回りも速くて口も立つ。そうじゃな、ひょっとしたら、全元を手伝うよりももっと向いた仕事があるかも知れん。じゃが、お前のことを全元が待っている。お前は自分がやりたいことを探して、それに向かうことができる」
 昂礼は頷いた。