誰かが傍にいる。

 その気配を察し、恭姫は寝返りを打つ振りをしながら、枕の下に手を入れた。短剣があるのだ。
「危ないことをなさる姫だ」
 その声には聞き覚えがあった。目を開け、体を起こした。力の入れ方が良くなかったのか、右足の傷がずきんと痛んだ。痛みに顔を歪めながら、ゆっくり息を吐き、数を数えて顔を上げる。夜明け間も無い頃で、まだ薄暗い。

「あなたは」
「覚えていてくださったか」
 赤眼の男は微笑んだ。寝台の近くの椅子に座っている。頭にぐるりと布を巻いてはいるが、今日は顔を覆ってはいない。美しい造作を隠さない。
「姫に謝りに参りました」
「どこから入ったの、衛兵や侍女には見つからなかったの」
「お声が高い」
 しい、と息を吐きながら、男は姫の唇に己の人差し指を当てた。

「あの夜、雨が酷くて姫が見えなかった。それでお迎えに伺うことが出来ませんでした。申し訳ございません」
 あの夜。
 恭姫の顔に影が差す。「そう」とまず返事をする。
「私は待っていた。そうしたら、とんでもない怪我をしたわ」
「俺もあの雨の中にいて、風邪というのを引きました」
 恭姫の表情の変化に気付かないのか、男は肩をすくめながら飄々と話す。