その薬が欲しいだけだ。
 杜芳空はそう言って岩壁を登り続けた。
「芳空がそこまで忠義な奴だとは、俺は知らなかった」
 明千は返し、釈然としないものを抱えながらも芳空の近くを登る。上を行く者は楔を打ち、下から行く者は通過するときにそれを抜く。二人の体に巻き付けてある命綱を楔にかけながら登っていく。時間はかかるが仕方ない。こんなところで命を落とすわけにはいかない。

 昼を過ぎると、幾許もせずに日が翳った。岩壁の向こうに傾いたのだ。どのくらい時間が経ったのかわからぬまま、やがて背後から月が昇り始めた。

「妹がいるんだ」
「何の話だ」
 芳空が唐突に話し始める。手足を動かすのは止めない。
「明千にだけは言っておかないといけねえと思うからな」
「ここには俺しかいないだろう」
「つまらねえ冗談だな。真面目な話だよ。俺の妹が」
 芳空は岩壁に楔を打ち付ける。頬を伝った汗が、明千の傍に落ちた。
「蛇殺し草で怪我をしているんだよ」
 明千は不要になった楔を抜いた。差しだされた芳空の手に、それを掴ませる。
「姫様のように、名のある医者に診てもらったわけじゃねえ。余命何年って言われたわけでもねえ」
 明千は何も言わずに、話させる。芳空の思いをただ聞くしかできない。
「だけどな、妹の体には蛇殺し草の毒が入っているんだ。寿命よりも先に、その毒で死ぬんだよ」
 芳空の声が震えていた。
「この先にある薬で、妹を救いたい」