「朝方、王女発見。右足から出血。発熱あり、意識なし。出血甚だしく……」
「恵孝、」
 恵孝の表情の変化を、二人とも見逃さなかった。恵孝の中にある緋色の記憶が、彼の心に影を落とす。

「恵孝」
 恵正が薬の入った包みを持って戻って来た。恵弾が書き連ねたものだろう。
「お前が持って行け。ほら富幸、恵弾の着替えを用意してやりなさい」
 富幸は急いで夫婦の寝室へ行き、夫の下着や上着を揃える。

「城内の御殿医の手に余るほどのことじゃ、油断せず心して診るようにと恵弾に伝えなさい」
 荷物を背負って通りに出る。日が昇り、店の前の地面は随分と乾いてきた。通りでは既に店を開けている所もあり、すぐに賑やかになるだろう。
「行って参ります」
 恵孝は家族に頭を下げると、振り返って歩き出す。

「いくら嘆いても、失った命を取り戻すことは出来ぬ。医者がやるべきことは、今ある命を救うことだ」
 祖父の言葉を口に出し、失った面影を振り払う。
 大通りは城門へ続く。恵孝は早足に歩を進めた。