黙って聞いてくれることに気を良くしたのか、看護師のテンションと口調は上がっていく一方だ。

斎藤は五歩くらい後方で立ち止まっていた。

『つまりね、男親っていうのは娘を恋人のように思っている節があるわけよ。
いい?
子供は恋人なんかじゃないの。甘やかすばかりで良い大人に育つわけ無いじゃない?
そうやって、母はさらにがみがみ言わなきゃいけないわけよ。
そうしたら、子供はますます男親に懐くわけ。
何よ、この悪循環!だいたい、男なんてただの精子提供者に過ぎないのに。
良い?おなかを痛めて産んだのはこの私なわけよ。
……それを、アイツったら……』

途中から、なんだか話が摩り替わっているようでもあった。
はっとそのことに気づいたのだろう。

コホン、と。
看護師は自分を嗜めるように咳をした。

『と、とにかくここは病院なんで、静かにしてくださいねっ』

『は、はい。
すみません……』

迫力に負けて、清水はとりあえず謝ってみた。
そうして、下に視線をやって驚いた。

スカートを掴んでいたはずの都は、いつの間にかそこから消えていたのだ。
大人の視界より随分低いところにいるので、こっそり姿を消すことはそう難しくはなかったのだろう。

看護師は足早にその場を去っていく。

『清水は、何処に行っても貧乏くじだな』

斎藤が低い声で呟くのが存外身近に聞こえて、ぞっと身の毛がよだった。
身体はまだ痛い。

――逃げ切れるだろうか。

不安が過ぎるが、都を庇いながら逃げるよりは容易いだろうと腹をくくる。
幸い、人通りはゼロではないので、斎藤もさりげなさを装いながらタイミングを計っているようだった。