そうして、とてとてと都は無邪気に清水の傍に駆け寄った。

いたるところから血が流れていた。骨もいくつか折れているに違いない。
鼻は確実に折れているし、片目はどれほど腫れているのか、まともな視野は残っていなかった。

しかし、都の黒い瞳は大切なものでも見つけたようにじいと清水を見上げてにこりと微笑んだ。

『ねぇ、おじさん。
みやちゃんの傍に居なよ。
そうしたら、もう、痛くないよ?』

舌足らずな言い回しは、しかし。
清水の耳には神からの啓示のように尊いものに思われた。

『都ちゃん。
警察が来たら困るから、ね?
お話は後で。
大雅くん、うちのお姫様を抱えてくれない?』

煙草に火を点けながら言うような台詞でもなかろうが、と清水は思った。
そうして、さすがの紫馬でも焦ることがあるのかと思って(しかもこんな小さな女の子に!)、清水はくすりと笑う。

『おいおい、やられすぎて変になったんじゃない?』

馴れた軽口に心配している様子は微塵も無い。

『大丈夫だよ。
ところで、病院に連れて行ってくれるんだろうな?』

意外とまともに声が出たことに驚いた。

『まさか!何のために俺が医学部に行ってると思ってんだよ、ヒデさんっ』

『何のため?』

痛む肺を押して、声を絞り出す。

『愛娘のカラダから、孫を取り出すため☆ね?美談でしょう?』

……気絶するなら今がいい。



と。
清水は苦笑を浮かべながら、思わず天を煽ったのを昨日のことのように思い出していた。