僕の中の十字架



「―――ひっ!」


叫びそうになった。
胃液が逆流しそうになるのを必死で堪えた。


コレは、父さんではなかった。



父さんだった物だ。









後ずさって壁に背をぴったりと付け、目を閉じてゆっくりと深呼吸して、また目を開いた。

父さんの両手は、自分の膝の上に肘を乗せ、腹の前にあった。

その手には最近母さんが買ってきた、刃を研がなくても半永久的に切れる、という包丁が握られている。


刃は、内側にあった。












つまり、父さんの腹に刺さっていた。






叫びすらも出なかった。恐いのと悲しいのとで涙が出た。

父さんの身体中の血液は殆んど出ており、シャツに染み付いたものも乾ききっていた。


情けなく声を出して泣きながら、壁づたいに出口に向かった。―――もう、こんな所に居たくない。



嘘だ。


きっと、これは手の込んだ嘘だ。


嘘だよね?

後で父さんが謝ってくるだろう、「こんな酷いサプライズして、ゴメン」って、何時もの様に明るく。




嘘だ。















嘘だったら、


何でこんなに血の臭いがするのか?

何で父さんは全く動かないの?

何でこんなに悲しいの?

母さん、……母さんは?




寝室のドアを閉めて、その場で蹲って両手で髪の毛を掻きむしった。


どうしよう。



どうしようどうしようどうしよう。



警察?
救急車?



あれは、自殺?


まるで戦国時代の人が自刃する様なポーズで、………………死んでいた?


「…………嘘だ……っ」


父さんは自殺するような人じゃない!

そんな事してぼくや母さんを悲しませる事はしない!










“じゃあ、キミのお母さんは?”




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