「手前、ブチ殺してやる」
 そう言って俺の会社の後輩、隆志がナイフを構えてきた。
 まいった、確かに仕事でこれまで散々こき使ってきたさ。
 でも、夜家への帰り道の公園で、待ち伏せしてまで襲ってくる事は無いだろう。

「まて、隆志、落ち着け」
「落ち着けだ。何偉そうに言ってやがるんだ手前、会社じゃいつも先輩面しやがって、一体何様のつもりなんだ、先に会社に勤めたのがそんなに偉いのかよ」
 持っているナイフが震えている。まずいこいつマジだ。早い事何とかしないと。
 その瞬間、俺の頭は全開で回った。これまでの営業マニュアルの全てが結集する。

「待て!」
 そういって、隆志の目の前にビシリと掌を差し出す。
「いいか隆志。俺を殺すだろう、そしたら俺はこれまでお前を虐めた罪で地獄に行くよな」
「あ、ああ? 」
「だがな、その後お前も俺を殺した罪で、必ず地獄に来るんだぞ」
「だからなんだ」
「分かっているのか、俺が先に地獄に行ったら、またお前は後輩だぞ」
「へっ」

「だから、俺は地獄でもお前の先輩になるって言っているんだ、そしたらお前また俺にいびられるぞ、いや、先輩面して必ずいびってやる」
「……」
「だからな、今度はお前が先に地獄に行って、お前が先輩になるって言うのはどうだ」
「な、なるほど、そしたら俺がお前をいびれるって言うわけか」
「そうですよ、先輩」俺はここぞとばかりにへつらって言った。
「そ、そうか」

 何か妙に納得した様子で隆志は帰っていった。
 その後、ニュースで隆志が飛び降り自殺をしたと聞いた。まさか本当に死ぬなんて思わなかったから、冷や汗が沢山出ちまった。
 それで俺はみんなに聞きたいんだ。
 地獄って、ないよねー。