道に見える人影は俺と、その少し変わった(?)女性のみだった。なぜかいつもよりシンと辺りが静まり返っている気がしたのは気のせいだろうか。


徐々に俺と彼女の距離が縮まる。と言っても俺はマフの長いマーキングで足を止めていたので、距離を縮めているのは厳密には彼女だ。


カツカツ、カツカツ。


やがてヒールが地面を突く音が鮮明に聞こえ始める。と同時に彼女の顔も確認出来る程になる。


それは恐ろしく整った顔立ちで、紺色の瞳は澄み切っていた。すぐに視線を逸らしてしまったので得られた情報はそれだけだった。


ただ俺が彼女を見た瞬間、彼女の澄んだ瞳は凛と真っ直ぐを見つめ、まるで自分という存在が見えていないような、もしくは存在自体を認識されていないような錯覚に陥った。


そして二人の間の距離は0になり、すれ違った瞬間だった。


奇妙な、これまでに味わったことが無い感覚に襲われた。心臓が一瞬動きを止めたような、景色が灰色になったような感覚。


ただそれは一瞬。すれ違った正にその瞬間のみだった。


カツカツ、カツカツと一定のリズムを刻んで彼女は過ぎ去って行った。腰ほどまである長い黒髪をなびかせ。颯爽としていた。


「なんだ?あの人?」


そんな漠然とした、水を掴むような疑問だけが残る。


不思議な余韻に浸っているとあることに気づいた。


いつもは誰これ構わず尻尾を振ってはしゃぐマフが何の反応も見せなかったのだ。そう、それはまるでマフが彼女の存在を認識していなかったように。