「なに?本気だせってこと?」

2年の先輩は笑いながら言う。
本気じゃなくてもあしらえるのに、“本気でお願いします”なんて言われればまあ、笑っちゃうのも当然だ。

しかしチョリソーチェックをするには、本気でかかってきてもらわないと具合が悪い。

「はい、あの…、殺るか殺られるかの空気感でお願いします…」

これから起きるであろう事態を知らず、先輩はさらに笑う。

「ん、わかった、良いよ、じゃ今から本気ね、はい始め!」

合図とともに、俺の体はいとも簡単に押し倒される。
ここまで差があると、もうこれは練習量や経験うんぬんなどではなく、センスの問題なのかもとも思ってしまう感じだ。

先輩は上四方固めで俺を押さえ込みに入った。
先輩の上半身が俺の顔面を圧迫してくる。
上四方固めには、ブリッジと回転で横に逃れるのがセオリー。
何度も聞かされているが、そうは簡単にいかない。

畳に頭を擦りつけられながらも、暴れることで俺は少しずつ隙間をつくろうとした。

その時、俺の首と右腕が支配下から逃れた。
上四方固めは崩れ上四方固めと呼ばれる状態に。

ここまで十秒くらいか?
急がなくては時間が無くなってしまう。

時間が無くなるというのは、もちろん勝負が決まってしまうという意味ではなく、あのチャンスが無くなるという意味だ。

崩れ上四方固めから逃れるのは、上四方固めから逃れるのより易しい。
見守っている他の2年の先輩達から、“その調子!”“もう少しで逃げれるぞ!”と声援が飛んでる。

しかし…、今の俺は押さえ込みから逃れることを欲していない…。

“右手を伸ばして太ももを掴んでひっくり返せ!”

的確なアドバイスをおくってくれる先輩達。
まさにそれ、俺も思っていたところだった。

ただ俺が掴むのは…、太ももではなくて…、そう…。