「俺の恋人は柔道だ。」

初めて会った時の熊田先輩の第一声。こんな自己紹介をされたのは初めてだ。

「俺は寝技だったら誰にも負けない自信がある。俺の柔道は寝技の柔道だ。俺は最後の夏の大会、得意の横四方固めで全国を狙うつもりだ」

この人は今まで会った人達と違う。すぐにわかった。この人は探求者だ。

俺は熊田先輩の柔道にかける熱い想いに、魂が揺さ振られた。

寝技の柔道。

そう言い切る男。

冷やかしのつもりで見学に来た俺の心にも、なにやら熱いものが走る。

俺は正直に言った。
「あの、俺は立ち技だけなら誰にも負けません。けど寝技が弱いんです…。熊田先輩、先輩の寝技の柔道を、俺に教えてください」

熊田先輩は表情を変えずに言う。
「教えてやってもいい。しかし、お前に俺の寝技の柔道が身に付けられるかはわからん。俺は無駄な時間が嫌いだ」

威圧感たっぷりの熊田先輩。今まで出会った誰よりも怖い。恥ずかしいが、熊田先輩の眼光の鋭さに、俺の足は震えていた。

ダメだ、こんなすごい人から簡単に寝技を教えて貰おうなんて、おこがましい。
大切な事は、見て学び、自分で身につけなくては、と思い知らされる。

すごい男だ、二言三言で俺にそれを諭すなんて、熊田先輩は偉大だ。

熊田先輩は言った。

「お前…、彼女はいるのか?」

するどい目つきの熊田先輩に嘘なんかつけない。
入学したてで彼女なんかいないし、「俺の恋人は柔道だ」なんてさっき熊田先輩から聞かされている手前

「いません!俺も柔道を恋人にしたいです!」
と答える。

すると熊田先輩は優しく微笑んで
「そうか、柔道を恋人にしたいか…。それと、確認だが…、女とは今まで一度も…、付き合った事はないのか?」

なんだ?と思いながらも俺は正直に
「はい、もてないので、今まで誰とも付き合ったことがないです」
と答えた。

熊田先輩はうなずいて
「女どもは、見る目がないんだ」
と言い、俺を見つめ手を差し出してきた。
握手だ!と手を握る俺。
熊田先輩はゴツゴツした大きな手でニギニギしてくる。
俺も強く握り返すと、熊田先輩は一瞬目を閉じ、ほほを赤らめて言った。

「気に入ったぞ、お前。寝技は俺が教えてやる。すぐに入部しろ」