更衣室に入り、左肩に掛けたバックを下ろそうとした。



「…………っ」



持ち手が、手首に瞬間的に圧力をかけた。

力を加えたのは一瞬でも、痛みは後を引く。

袖を捲ったら、血が止まったばかりの傷口が現れた。

不意に、看護婦という、病を治すサポートをする身分でありながら、自傷行為を止められない自分が悲しくなった。


患者さん達だって、「治らなくてもいいんですか?」と厳しく叱っている看護婦が手首を切っていると知ったら、



「じゃあ自分はどうなんだよ」



そう思うに違いない。


泣きそうな顔で立っていた美枝の背後のドアが開き、



「あら? 誰かドアの前に立ってる? ――――――ごめーん、退いて!」



背中にぶつかった更衣室のドアから飛び退き、美枝は背を向けて自分のロッカーに行った。



「あ、旭さん。おはよ」


「うん、おはよう」



同僚の奈津子が、丸っこい顔を笑顔に変えて挨拶した。



「旭さん、今日ひま? 駅前にあるケーキ屋さんの食べ放題クーポン入手したの!」


「ごめん、今日は無理」


「えー? じゃあ明日は?」


「大丈夫だよ」


「じゃ明日行こう明日! 食べまくろう!?」


「了解! 全種類食べまくろう!」


「やたー!―――――あ、そういえば旭さん、河野先生が探してた」



その言葉を聞いた途端、美枝の顔から溶ける様に笑顔が消え、表情が変化した。

奈津子はそんな美枝には気付かずに、



「かっこいいよねー、河野先生! いいなぁ、旭さん河野先生のお気に入りなんだから……」


「でも看護婦としては、だよ。 それに人遣い荒いんだから」



それでもうらやましー! という奈津子の声を背中に受け、美枝は更衣室を出た。



.