「父親に犯される気持ち、わかる?」

「――何―――――……?」

「父親に犯される気持ちよ! 母さんが浮気した腹いせに、私は父さんに………父さんに………」


美枝は右手で頭を押さえて泣き出した。

左手の注射器がプルプル震えているのを注意深く見ながら


「落ち着いて、旭さん」

「嫌よ。嫌よ嫌よ嫌よ!! 貴女、こんな男と昨日寝たの!? 寝たのよね!! ――――だから私、今朝コイツに抱かれたのよ!! 貴女を抱いた男だから!!」

「違うわ、昨日は―――」

「貴女が抱かれた後に私が同じ男に抱かれた!! 間接的でも貴女を抱いた事にならない!? ―――なるわ!!」

「…………」

「男なんて皆死ねば良い!」


父親に全てを壊されて、女しか愛せなくなった可哀想な美枝―――だなんて、有藤はみじんも思わなかった。


「河野先生はあなたの父親とは違うわ」

「ちがくない! コイツは私から全てを奪うつもりなのよ!」

「いい加減にしなさいよ………。あなたの傷はよく解った。――だからってこんな事、許されるわけないのよ」

「ふふ………あははははははははははははははははははははははははあははははははっ」


美枝は狂った様に笑い、河野を投げ出した。


「いいわよ。貴女を手に入れるためなら」


「是非とも諦めて欲しいわね」


有藤はジリジリと後退した。

美枝はナースステーションの受付から身を乗り出して

「貴女に初めて会った時、私感じたのよ」


注射器を持ったまま、両手を胸に当てた美枝。涙目で、恍惚とした表情をしている。


「理想のお母さんだって! 浮気して家族を棄てたりしない、素敵なお母さんだって!!」


此れだけ騒がしくしているのに、患者が目を醒まして聴いてる気配もしない。

当直室から仮眠していた医者が起きてくる様子もない。

まさかコイツ、患者も医者も殺したんじゃないかと思えた。

有藤は、横目で当直室の方を見た。

扉に挟まれた腕。ピクリともしない。
少なくとも美枝は当直の医者は殺したようだ。


「で、私も殺すわけ?」

「殺せないわ! だって、愛してるのよ……」


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