【短】特等席


「ったくよぉ…」

左手をズボンのポケットに突っ込み、美佐子から渡された用紙をヒラヒラとさせ、わずかな風を作り出した彼。

その風は彼の髪を微かに揺らし、彼のまばたきの数を増やして消えていった。


胸の奥がきゅっと締めつけられたあと、心臓がドキドキと動きを速める。

彼の何気ない仕草に、クラクラとめまいをおこしそうになる。


「どうせ咲季も受けさせられんだろ?」

彼の視線が向けられるたび、彼があたしの名前を口にするたび、こみ上げてくる想いを吐き出してしまいたくなる。


“好きです”

心の中で何度となく投げかけてきた言葉。

彼に届くはずもない。


「さっき、一緒に受けようって言われた~」


平然を装っていられるのは、あとどのくらい?


「おまえも大変だよなぁ~。こ~んなワガママ女に付き合わされて…」

「誰がワガママ女って?」

「いってぇなぁ。このやろっ…」


仲良さそうなふたりを目の前にして、笑顔でいられるのは…。

あと、どのくらい?