【短】特等席


「大和!」

帰り支度をしていた彼の姿を見つけ、名前を呼んだ。


「なに?」

鞄を小脇に抱え、不思議そうな表情をしてあたしの前に立つ彼。

「…あ…あのね、美佐子がね…」

美佐子の泣きじゃくる姿が思い出され、目の前が滲んでいく。

こんな顔は彼に見せられないと、慌てて下を向いた。

「……美佐子が、ね…」

体育館裏に残してきた美佐子のことが気にかかるけど、どうしても次の言葉が出てこない。

早く、行ってあげて欲しいのに。


彼に、なんて説明すればいいの?

美佐子がひとりで体育館裏にいるわけを。


言葉よりも先に涙がこぼれ落ちそうになる。


「美佐子がどうした?」

黙り込むあたしの頭の上に降ってきた彼の声。

続く言葉は意外にも、

「矢野…呼ぼうか?」

のひとこと。


そんなのダメ!

ダメに決まってる!


あたしは首を横に大きく振った。