【短】特等席


彼の、赤みをおびた茶色い髪が風で揺れる。

いつもは美佐子の陰に隠れてしまっている彼の背中が、ちょっぴり丸まっていた。


大好きな彼の後ろ姿は、今まで何度も目にしてきたはずなのに。

こんなにも愛おしくて、こんなにも遠くに感じてしまったのは、今、この瞬間がはじめてだった。


不意にこぼれ落ちた涙を、慌てて拭う。

だけど、どんなに拭っても、涙は次から次へとこぼれ落ちる。


「…うっ……うー…」

こうやって泣いてる自分が嫌い。


好きなのに、大好きなのに、その言葉を口にできない臆病な自分が嫌い。


美佐子がうらやましいよ。

美佐子になりたいよ。


そう思ってばかりの自分が嫌い。


「…っ……ひっ…く…」


美佐子に彼氏ができたって知ったら、彼はどうするだろう。


小さくなってしまった彼の姿を見つめ、彼のことを想って泣いた。