あの時は確か女良は派遣最終日で、あと一時間でターゲットを陥れなければならなかったのだ。

しかし飛び立った刹那、運悪く子供に捕らえられたのだ。

勿論その様な緊急時は人間の姿に戻る事は禁じられている。


「今時の東京の子供ってさ、自然とか野生の生き物とか全然知らないから簡単に殺されるよね、あたし達」


実際、女良は左翼を破られた。


「死ぬって思った時にさ、その人が助けてくれたのよ」

「室岡の元妻が、か」

「そう」


当時を思い出すように遠くを見つめていた女良は一冊の雑誌を取り出し、あるページを指差した。

そこには一人の女性の写真が載っている。


「その室岡あかねさん…まあ今は棚瀬あかねさんなんだけど。その人はさ、蝙蝠の生態を研究してる人なの」

雑誌には『美人若手K大準教授棚瀬あかね氏』というような文字がでかでかと載せられている。


「当時三十歳だったあかねさんが十歳年下のあの室岡と結婚するなんてね」

「二十歳といえば室岡が社長になったのも同じ年だな」


噂によると、元々女遊びが激しかった室岡の度重なる浮気に耐えかね、棚瀬あかねから離婚を申し出たのだという。
よって慰謝料もなし。