翌日、私たちは海へ行った。
この季節に何で海なんだろうと思ったけれど、私は何故だか彼からの誘いを断ることができなかった。
さすがにまだ、海で泳いでる人はいなかったけど、釣りを楽しむ人は多く見られた。

「うっわ、まだ冷たいねー」

「まぁまだ三月だし‥当然っつったら当然だけど。あ、海開きしたらまた来ような」

彼との初めての約束だった。
私はいいねぇと平然を装いながら笑って頷いたけど、ほんとうは心臓が飛び出しそうなほどに緊張したし、嬉しかった。
海岸をしばらく歩いたあと、私はふと彼の袖口を引っ張った。

「じゃあさ、夏祭りも隣り町の花火大会も‥あ、あと、冬になったらスケートとか行きたいな」

こんなことを言ってる自分が恥ずかしかった。
手がじんわりと汗ばむ感じがして、慌てて袖から離そうとしたら、そのまま手を繋がれた。
また心臓が跳ね上がる。

「金があったらなー」
彼の手は私のものと比べたら全然大きかった。
けど、温かさとか、力強さとか、そうゆうものを全て感じた気がして、不快ではなかった。
彼の手をきゅっと握り返してはみたけど、指が小刻みに震えるだけで、力なんて入らなかった。
どうして震えるのか分からなくて、罪悪感を覚えながらも、私は彼の隣りに並んだ。

「私は就職組なので金銭面はご心配なく」

悪戯に笑うと彼は、機嫌を損ねたのかああそうですかと投げやりな返事をして、足下へと視線を落とした。
私はそんな彼が無償に愛しくなって、ぎゅうっと目一杯抱き締めたくなった。
あるいはこのままからかってやろうかとも思ったけど、それじゃああまりにも可哀相だから止めておいた。
私ったら何て優しい子なんでしょう。

「あ、」

いきなり彼が立ち止まったものだから、私は驚いた。
何、と聞き返す暇もなく彼は空を見上げて雨だと呟く。