すると南の手からコンロのガスが入ったシャリ袋が滑り落ちた。


「お前何やってんだよぉ。俺ら、これからだったじゃん。」


先刻と違い、蚊の鳴く様な嗚咽混じりのナツの声。


ナツは部屋の角に転がったガスボンベを、壁に貼ってあるピストルズのシドビシャスのポスターに投げつけた。


この部屋の空間を創造する規則的なメトロノーム(針音)に、乾ききったムカツク音が、虚しくなだめられた。




ナツは窓の外に見える桜の木に目をやる。




「この桜すげぇ綺麗なんだぜ。咲いたら見に来いよ」



1ヶ月前、この部屋で南が嬉しそうに言ったセリフ。

(何も、焦らず満開になった桜を見てからでも良かったのに)


キューピッドに限りなく近いステューピッド(愚か者)には相応しい逝き方だったのかもしれない。


悪の華に魅せられたベーシスト。



南はメスカル行きのone way ticket(片道切符)を買い続け、ようやくこの日誰にも「サヨナラ」を言わずに1人ぼっちで旅に出た。