(貝になりたい)

(誰にも気付かれることない貝に)




ミカンの荷物は全部ミカンの実家に送った。


ナツの部屋に残ったのは必要最低限の物も無く、ひどく殺風景だった。

(ミカンはもうココには帰らない)

心が折れたナツはバニラのカウンターのスツールに座り、立ち登る紫煙を見つめていた。



あの日から、誰かに「寂しい瞳をしてる」と言われないようにサングラスを掛けるようになった。



1人でいると四六時中想うのはミカンの事ばかり。

忘れようと決めた瞬間からミカンの事を考えた。

息も出来ないくらい募る愛しさ。

苦しすぎて、その度にバニラに逃げこんだ。


店内のBGMは「ジレンマ」

ミカンの好きだった曲。

少し鼻にかかった甘ったるい声で口ずさむミカンが一瞬で蘇る。

アイシテル―嘘っぽくて大嫌いな言葉だった。

なのに今なら心から言えると思った。

(あの時この一言が言えたなら。今この横には....)