「バイバイ、ナツ」


破顔するミカンを見て、最後に抱き締めたい衝動にかられたが、途中まで伸ばした右手を引き戻した。

「じゃあな」

小さく手を振る。

まるで明日又会えるかのように軽く。


ナツに背を向け歩き出したミカンの肩越しには、滲んだ日常と六角形の光の結晶が万華鏡の様に溶けていく。

ナツの目に溜まっているのは雨。

不思議にも涙が出ない。

(哀しみに慣れたのか?)

いや、虚栄(プライド)が辺りの人に反応して涙を堪えられたのだ。


誰一人見ていないのに。

皮肉にもミカンが選んだ場所が男としてのナツを守ってくれた。

最後の一分に何も出来ず、どうでもいい男のプライドだけが救われた。


(これじゃ、愛想も尽きるよなぁ)


ミカン―

(最後にもう一度名前を呼びたかった)

それを待ってたかのように振り返ったミカン。

その顔は、雨で濡れているのか、涙で濡れているのかもう判らない。