万作は泣いた。

 万作が落ち着くと二人で関白の前に平伏した。

「修理とやら。見事じゃ!」
「関白様!皆様!私が辿ってきた抜け穴があちらにあります。お急ぎになって下さい」

 だが、誰も腰を上げない。はっとして万作を見た。万作は寂しそうに笑った。

 秀次が言った。
「修理。儂等は逃げぬ」

「なんと!これは太閤の陰謀!関白様!逃げ延びて兵を挙げなされませ!」

 秀次は小さく頷きながら、微笑んで聞いていたが、
「この雀部や万作にも勧められた。・・・だが、この太平の世にそれはまた大逆じゃ」
「関白様!」

「儂は咎無くしてここで果てる。従容とな。それが叔父上の最も好まぬ事らしい。万作、そなたはまだ若い。修理と逃げよ」
 万作は首を振った。
「私は御屋形様を裏切りました。修理様に心を奪われ、契りを結ばせて頂きました」
「それは良い。儂はお前達を鬱憤の餌食にしてきた。儂の方が罪が深い」
「しかし主従の契りは!・・・御屋形様だけで御座います!」

 関白は桜染めの扇子を出して顔を隠した。


 木下大膳太夫が柳の間の戸を開けた。

 どのような阿鼻叫喚の地獄を見なければならぬのか。嫌な役じゃ。
 戸を全て開け放つ。この三百の兵達が良く見れる様に。

 だが、目に入ったのは、それぞれの席で前に突っ伏し、見事に腹を切って果てた主従五人の骸だった。その腹から流るる血の川は、一つに合流してこのもののふ達の絆の強さを物語る様であった。

 兵達が声を上げる。
「さすが関白様!」
「なんと従容としたお顔じゃ・・・」
 見入る将兵ことごとくその清冽な死を讃え刀槍を置き頭を下げた。

 講堂の暗がりに不可解な武士の骸が三つ。凄惨な死に様であったが、どれも胸に腕を組み、その太刀がその上に置かれてあった。