佐久間と修理は、少しづつだがじりじりと間合いを詰めた。

 親指を尺取り虫のように床に這わせ重心を揺るがせない様にゆっくりと移動する。
 既に両者の意識は死生の狭間にあった。
 彼らの目は無心に相手の全体をゆらゆらと見ていた。千手観音は千の御手の一つにもその意識を留めないという。留めれば残りの九百九十九の御手は止まってしまう。

 立ち会う者はその生と死にも意識を留めてはならないのだ。

 修理ははじめて人を斬った。その感触がまだ手に残っていた。

 ここに来る前に持っていた数打ち物を点検していた時、見かねた庄左右衛門が与えてくれた剣。無銘だが前野家の家宝として鎌倉時代から伝わってきた太刀と云う。

 刀の樋(とい)から血が切っ先に伝い一つ二つと落ちるのが分かる。
 耳には何も聞こえぬが、音の無い滴りの音が修理には聞こえた。

「きえーい!」
 佐久間が真っ向から雷刀を打ち出した!だが、修理にはその兆しが分かっていた。

 ゆっくりと佐久間の太刀は落ちてくる。修理はゆるりと剣を上段に上げる。だが修理が切り下げる前に佐久間の剣は落ちてくるだろう!

 修理の右の腰が前に回る。

 右後ろにあった右足が、腰の動きと共に佐久間に向かって踏み出す!

 佐久間は間合いが必要以上に詰まったことを知る!これが真の斬り合いの恐ろしさよ!だが、今は全てをこの切り下ろしに賭けるのみ!

 鬼のような形相の佐久間の剣が、修理の頭をまさに両断する!
 だが、切っ先が修理の振りかざした刀の鍔に当たった!

 修理は正確に自分の身体の中心を斬った!数分の厚さもない剣だが、佐久間の振り下ろす剣の刃にその刃が当たった!
「!」
 ぎゃりんという音と共に佐久間の太刀は弾かれた!
 そして修理の剣は、佐久間の顔を真二つに割っていた!

「おお!」
 関白達は目を見張った!何という日本古来の剣の神技!

 修理は駆け込んできた万作の身体を掻き抱いていた。
「修理様!・・・来てくれたんですね・・・」