――翌朝。

朝食を食べようかと食堂に向かっていると、制服姿の都さんとすれ違った。

泣き腫らしたのか、瞳が紅い。
俺は考えるより前に、手を伸ばして彼女の腕を掴んでいた。

「……大雅?」

都さんが目を丸くする。
口紅すらつけていないその唇を、奪いたい衝動に駆られて俺はとりあえず深呼吸した。

「大丈夫ですか?
体調が悪いなら無理しないで。学校なんて休みなさい」

わざと、ぎりぎりまで顔を近づけ、都さんの頬がうっすらと上気していくのを楽しむように眺めてしまう。

「平気。
心配しないで」

ぷいと視線を逸らして、口にするのはきっと、心にもない言葉。
俺は一瞬、強く都さんを抱きしめた。
そうして、なんでもないように手を放す。

「そうですか。
分かりました。でも、今日から赤城の車で登下校するという約束だけは、守ってくださいね」

「……守らなかったら?」

上目遣いで、挑発的に聞いてくる。
一体、どんな答えを言えば都さんは満足してくれるのだろうか。

分かっている、けれど。
違う答えしか、与えてあげない。

俺はことさら小さい子供を相手にするかのように、くしゃくしゃと黒髪を撫でてやる。

「都さんは、そんな風に私を困らせたりはしませんよね?」

「困ったりしないくせにっ」

ぷいと。
拗ねたように顔を背けると、都さんはいとも簡単に俺の腕をすり抜けて歩いていってしまう。
その瞬間、風が運んでくる彼女の薄い香りにすら、俺は虜になってしまうのだ。