俺にとって、千穂が
大切な存在であるように千穂にとって北川さんが大切な存在である事は
ずっとわかっていた事

もしも千穂の命が
もうすぐ無くなると
わかったら、俺は
どんな行動をとるだろう

もちろん傍に居たい

傍に居て、何度でも
名前を呼んであげたい

そして手をとって
その手にキスをして…

千穂はその全てを
出来るはずがなかった

今俺は何をしてやる
べきなんだろうか

無力な医者

無力な男

俺は何も出来ない

最低な男なんだ




自暴自棄というわけではないのだけれど、つい
飲みすぎてしまっていた

タバコの煙が揺れて
上へ昇っていく

何も出来ないけれど
たぶん千穂を救うのは
俺だけなんだと思う

北川さんの愛よりも
もっと愛そうと思う

それが出来るのは
俺だけだから

バーに流れるジャズが
心地よかった

『もう一杯召し上がりになりますか?』

微笑むバーテンダーは
俺を真っ直ぐ見ていた

『えぇ。もう一杯だけ』




かなりの量を飲んだ俺は少しだけフラつきながら自分の決意は絶対に
間違ってないと思った

ネオンの賑やかな
夜の街をすり抜けて
家路への道を歩いた

見上げた空には、星は
一つも見えなかった

真っ暗な夜空は何も
語ってはくれなかった