【長編】Sweet Dentist

頬を伝う涙を見られたくなくて、そっと席を外し静かに会場を後にする。

「千茉莉?」

不思議そうな先生の問いかけにも応えず、小走りに会場を後にすると、響先生が後を追ってくる気配がした。
慌てて振り切るように駆け出して、先生の視界から逃れる為に人の間を縫って逃げ出した。

涙で霞んで前さえも良く見えない。

不安定な高いヒール。
慣れない裾の長いドレス。
ただでさえ歩きにくい格好で走ったりしたら結果は解っていた。


階段を後わずかに残す位置で、ガクンと体が揺らいだ。

ふらりと傾(かし)いだと思った瞬間、あたしは足を踏み外していた。

世界が回るような感覚に、慌てて何かに縋ろうと手を伸ばす。


その時、ふわりと誰かに抱きとめられて体が宙に浮いた。

その感覚に初めての診療の日に、響先生に抱き上げられた事を思い出す。

…響先生?

驚いて視線をその人に移すと、整った顔立ちの30代半ば位の男性があたしを横抱きに抱いて心配そうに覗き込んでいた。

茶色のサラサラの髪に「大丈夫?」と微笑むその瞳に、何処か安堵を覚え頷くが、足を捻ったらしく痛みに眉を潜めてしまう。