風に乗った潮の香りが、僕の鼻をかすめた。
久しぶりに聞いた波の音は、とても心地良いものだった。

あれから一夜明けた今日。

僕は田舎の港町に、里帰りしていた。
何の前触れも無く、急に帰ってきた僕に、両親は当然驚いていた。
でも、笑顔で僕を迎えてくれた。
此処は向こうと違って、ゆっくりと時が流れる。
防波堤に上って、海面の果てを見つめた。

「‥はぁ、しつこいなぁ‥」

携帯の着信が鳴って、画面を開けば先輩からの着信。
昨日の夜から何回もかけてきてる。
今ので‥、30回目くらいじゃない?
桃からも何度かかかってきてる。
スミレからは‥‥

一度も、かかってきてないか‥。

着信が鳴っても、僕は相手をしなかった。
どうせ、内容は分かっている。

今どこにいるんだ。だの、
何でスミレと別れてんだ。だの。

先輩の五月蝿い言葉が飛んでくるに違いない。
でも、僕だって十分理解しているんだ。
スミレから離れるという事は、



“死”を意味している事だって。



でも、僕がスミレの傍にいたら、またスミレを傷付けてしまうかもしれない。
僕が血をずっと口にしなかったら、死ぬのは僕だけ。
スミレには何の害も無い。

なら‥、僕がスミレの前から消えればいい。
消えれば、いいんだ‥。

それがスミレを守れる、最適の手段。

「スミレも、了承してくれたみたいだし‥」