キス





しちゃった?



「あ、あの、ごめんなさい」
「‥‥いいから、退いて」
「はい」

その子はゆっくりと僕から退くと、ペコリと頭を下げてスミレがいる方へ歩き出した。
スミレとすれ違う時、スミレとあの子の間に眩しい火花が散ったのは

気のせい、だよね?

そもそも僕はスミレオンリーだし。
僕はさっさと書類を掻き集めて、また頼りなく歩きだした。

「‥アオちゃん」
「スミレ‥」

さっきの事、見たよね?
なんて、訊けない。
というか、なんだか気まずくて顔が見れない。

「書類、半分持つよ?」
「ああ‥、有難う」

冷えた空気の中、僕たちは言葉を交わす事無く進んでいく。
この冷たい空気が、僕たちの心まで冷やしているように思えて。
口実の良い事なんか言って、御機嫌を取る事は得意な筈だ。

でも、それさえ出来ないのは、今の事に動揺している自分がいるから。
‥‥今までなら、こんな事どうも思わなかった。

こんなになるまで、
知らず知らずのうちに、



僕はスミレに溺れているんだ。



生徒会室に入って、机の上に書類を置く。
置き終わって振り返った時に、初めてちゃんと見たスミレの横顔は、



あまりにも、
切ないものだった。



言葉では言い表す事なんて出来ない程に。



「‥‥アオちゃん」

僕の名前を呼びながら、スミレは僕を視界に入れた。

「な、何?」
「‥‥アオちゃんの」

アオちゃんの?