「あ、あの‥葵様」
「‥あ、葵様?」

先輩は、何言ってんだ、コイツ。という顔をしてその子を見た。
僕も吃驚。
さん呼びの人は沢山いるけど、家系以外で様扱いされたのは初めてだ。

「菫ちゃん、あの後どうでした?」

今、一番訊かれたくない事だな。それ。
人に説明すればする程、現実感湧いてきてしまうから。



本当に、忘れられているんだって。



「ああ、頭にコブが出来ているくらいだよ。スミレ自身は元気良いし、大丈夫」

あえて、記憶の事は触れないで彼女に説明した。
彼女は、そうですか。と微笑んで言ったが‥

「でも、あの時様子が変でしたよね?『此処は何処?』とか。もしかして、記憶喪失になったとか?」

ははっ、痛いところを突いてくるもんだね。

「まぁ、‥そうだよ」
「そうなんですか。葵様、私に出来る事があったら、何でも行って下さいね」
「‥ぇ」
「私、出来る限り力になりますから」

ぎゅっと僕の手を取って、真剣な表情で彼女は言った。
でも、あまり何にも感じなくて。
少しでも何か感じたとすれば‥‥

嫌な、予感。

それでも、とりあえず言う事は言っておかなければ。

「うん、ありがとう。鳩羽ちゃん」
「『鳩羽ちゃん』だなんて。鳩羽でいいですよ」
「‥‥そう?でも僕は基本的に“ちゃん”付けだから」

嘘で流して、先輩たちに目を向ければ、難しい顔をしていた。
‥どうしたのかな。

「では、失礼しました」

彼女が笑顔で此処を出て行ったのを確認して、先輩は口を開いた。