「あの、菫‥」
「大丈夫。今ね、桃しかいないから」

菫は訊こうとした事が分かったみたいに、私を安心させる様に静かに答えた。
扉を開ければ、本棚の整理をしていた桃さんが驚いた様子で駆け寄ってくる。
桃さんとは、中学の時の入学式の時に出会った。
その時役員をしていた彼女に、色々とお世話になって、その後も何度か話したりした仲だ。
高校に入ってからはあんまり話す場も合う場もなかったから、久し振りだ。

「わぁっ!!びしょ濡れだね。あらら、菫は泥跳ねしてる‥」
「うえぇぇぇ!?あ、そだ。桃、あのね‥」
「その様子じゃ、会長たちをお迎えには行ってないみたいだね」
「うん、ゴメン」
「いいよ。ほら、そこの個室で2人とも着替えておいで。替えの制服置いてある筈だから」
「うん」
「温かい紅茶をいれておくね。風邪引かない様に」
「ありがとう」
「どうも。華ちゃんも紅茶でいい?あ、コーヒーがいい?」

優しく問いかけてくる桃さんは、まるで天使の様で。
癒されるというか、心が落ち着くというか‥。

「コーヒーで」
「はい、了解」

私たちは個室に入って着替えた後、ソファーに座った。
桃さんがトレーに紅茶とコーヒーをそれぞれ乗せて運んでくる。
それを優しくテーブルの上に置くと、桃さんは私たちの向かいに座った。

「華ちゃん、どうして泣いてたの?」
「‥‥」
「良かったら私たちが相談に乗るよ‥?でも、話したくない事なら無理しないでいいから」

落ち着くまで、ゆっくりしていくといいよ。

桃さんは微笑みながらそう言って、携帯電話を取り出した。
菫も隣で携帯を取り出し、何やら2人して打ち始めて直ぐに携帯電話を閉じる。
隣にいる菫は『送信♪』と言っていたので、誰かにメールでも送ったのだろう。

「あの‥」
「何?」
「何でも言ってっ!!」
「“前世”って‥昔というか何というか、過去の事だから‥そんな、大したモノじゃないのかな」

こんなにも私は、大切だと思っているものを。
あの人は、何にも感じていないの?

「華ちゃん、前世が分かるの~?」
「‥うん」
「へぇ~、凄いね」

菫は無邪気な笑顔を私に向けてきた。
でもね、菫。
菫が『凄い』という“前世”の記憶に、私は悩まされているの。