「ご機嫌麗しゅう、セヘネ様」
「おはようございます」
淑女の礼をしたセヘネは恐る恐るといったふうにルゼルを見る。トファダがちらりと見ると、王子はしかめっ面で書類を睨んでいた。
「何か御用ですか」
素っ気ない態度のルゼルは婚約者を見ようともしない。彼女は瞳を揺らしていた。
「用事はないのですけれど……」
「では出て行ってくれますか。仕事中ですから」
「いえ、あの…」
もごもごと口を動かすセヘネをやっと見たルゼルは眉を寄せている。彼女はきつく手を握っていた。
「今日、迷子になってしまって……」
「はい」
「…北の塔に、入ってしまったのです」
その言葉に少しだけルゼルの無表情が崩れる。トファダも内心ぎくりとした。
北の塔にはレリアがいる。ルゼルが彼女をほっぽって大切にしている女性が。
それを知られないために、彼女を北の塔に近づけることはしなかったのに。
「そこで、……金色の髪の綺麗な人に、会いました」
「………」
無言でルゼルが立ち上がる。
そして冷たい瞳でセヘネを見据えた。
「何が言いたいのですか?」
ルゼルはレリアが関わったときだけ性格が変わる。
彼女が来て、軟化されたため信頼をおくトファダには秘密も話したし、今まで見せなかった色々な態度を見せるようにもなった。
それでも常に冷静沈着を演じるルゼルを怒らせるのも微笑ませるのも、全てはレリア関係ばかり。
ルゼルに射竦められたセヘネは下唇を噛んだ。
「どうしてそこまで北の塔へ行ってはいけないのか、お聞かせください」
「セヘネには関係ないことです」
「どうしてですか!?私には言えないことですか!?」
確かにここへ来て数ヶ月、これの前も長期滞在した彼女だが、でもルゼルは彼女に手を出さない。それに不審を抱いたのだろう。
