内藤は懐に黒蜜糖の袋を入れて静音の部屋の前にいた。

「・・・静音殿。内藤上総じゃ。お見舞いに来た。入って良いか?」
 はっと息をする合間があり、静音の声がした。
「・・・はい。どうぞ」
 内藤は心が浮き立った。部屋はどんな甘酢い匂いがするのか。思わず股間が熱くなる。
 部屋に入ると寝床は敷いて無く、書台とその脇に高くうず高く積まれた漢籍があった。伏せっている分けではないらしい。
 静音は書見台の前で平伏している。後ろの髻の結わえを逃れた前髪が妖しく額と頬に掛かっている。
 座布団を上座に敷いて自分は畳の上に直に正座している。
「・・・身体の調子が良くないと聞いたが・・・大丈夫か?」
 内藤は、焦がれた少年に間近に傅(かしず)かれる幸せを感じながら上座に座った。この者が毎日このように儂の側に居てくれたら・・・大切にしてやるのに。
 静音は顔を起こしながら、
「有り難う御座います。今は・・・大丈夫です」
「いや、顔を良く見せろ。顔色がまだ悪いぞ」
 静音は迷惑そうな顔をしてちらと内藤を見て、目をまた落とした。内藤にはその目が堪らない。
 黒蜜の袋をを出しながら、
「静音。儂の小姓にならぬか。心の傷を持ちこのままでは心配じゃ」
 静音はぎくとした。

 心の傷・・・修理と一夜を共にしたということは知られても良いと思っていたが、内藤のような上位の直臣にまで知られているということに顔が赤面した。