その夜、寝ていた静音は寝室の障子を叩く兄の惣一郎の声に目を醒ました。
「静音!大変だ!お前のお師匠が・・・」
「!」
 急いで着替え、大刀を持って兄たちと道場に走った。道場の門が開いている!知らせを聞いた役人と門弟が集まっていた。
 師匠の部屋に走り上がった。
「お師匠様!」

 そこには無惨に、雁金に肩から斬られた傷を負った師の骸があった。左手首も同時に切り落とされ、右手に持った大刀の柄をまだ握っていた。
 雁が群れなして飛ぶ様(さま)の形に、袈裟切りを見舞われたのだ。だが、目が朧となった師にとってはこの暗闇は却って理になるはずだ。それに老いたりとは言え簡単にこの様に斬られるはずはない。

 静音は涙を拭って師の傷を見た。その切断された鎖骨や肋骨の切り口は、一刀のもと迷い無い非情の切り下げを示していた。剣を破壊力を込めて打ち下ろすこのような技力の持ち主は・・・修理ぐらいしか知らない!
「裕之助達がここから走り出して来るのを見た者がいる」
「まさか!」

「見たこともない悪魔の様な侍じゃった!」

 皆、声の方を見た。それは下男の忠助だった。ぶるぶると縁側の隅で今まで震えていた。
「お前は見たのか?」
「・・・へえ・・・鬼の様に身体が大きく四尺はあろうかという刀を持って・・・お師匠様を!」

 その夜、渡部裕之助、山県次郎三郎、橘祐三郎の三名が逐電したという報が目付役、内藤上総に入った。それぞれの家老家はこの次男あるいは三男達を勘当した。
 そして彼らと共に、筆頭家老、渡部伯耆守が食客として養っていた新当流の剣客、伊那作兵衛も居なくなっていた。