音のない世界 ~もう戻らないこの瞬間~





エプロン着けてキッチンに立っていたら完璧な“主夫”だ!

でも料理が出来ないからいっくんに“主夫”はムリか。


「何してんだ、買い物?」


「うん、まあね」


そうだ…… いっくんはあたしが“難聴―――”だって、知らないんだ。

話していないから当然だけど。


出来ればこのまま知らないでいて―――。

難聴で弱っているあたしじゃなくて、前のようなあたしをいっくんには覚えていて欲しい。


「なんか顔色悪いぞ、風邪でもまた引いたんか?」


「うーん、ちょっと具合悪いだけ。

そうだ、この“さくらんぼゼリー”って種が入っているの」



ごめんね、いっくん。

風邪なんてウソ。

本当はあたし…… 耳が聞こえないの。


もし“耳が聞こえない―――”

こうやって言ったら、いっくんはこれからもあたしと友達でいてくれる?


「種なんて知らねぇよ。 早く治して、宿題やれよ」


「はーい!!」