音のない世界 ~もう戻らないこの瞬間~





苦しいよ……。

痛いよ……。

あの子の“ありがと―――”と言ったときのあの顔を思い出すだけで…… 胸が痛い。


どうして…… どうして、あたしは耳が聞こえないの?

聞こえていたらあの子にもっと早く気付いてあげられたのに―――。


それに…… どうしてあの子はあたしの“右側”に立っていたんだろう。

“右側”じゃなくて“左側”だったらもっと早く気付けたのに……。


ごめんね、ごめんね―――。


ゆっくり腰を上げ、あの子が走り去っていった方をただ眺めていた。


「まお?」


背中から聞こえたどこか懐かしさを感じる声に――― ゆっくり振り返る。


「…… いっくん」


そっか、ここはいっくんのバイト先のスーパーだったね――― 忘れてた。


にしても……。


「ぷっ…… 似合わない」


「うっせーよ」


エプロンとか、いっくんには本当に似合わない。

あたしの中で“いっくんは料理が出来ない!”ってイメージが強いせいかな?

本当にそんなにはできないんだけど。