another contract


「‥‥は?」
「えっ?」

お互いに、あぁ、間抜けだなぁ。と思える程の声が、一瞬にして辺りの雨に掻き消された。

え?今、旦那さんなんて言った?

頭の中で何度もリプレイしようとするが、旦那さんが言った事が思い出せない。
さっきから、勢い良く降り続ける雨が原因でもありそう。

「だから紅、お前には今日から世話係りに桃を付ける」

旦那さんは溜め息を吐きながらその言葉を吐き捨てた。
って事は、“餌”にはもうされないって事?
頭に過ぎったこの考えは、旦那さんの言葉で直ぐに跡形も無く消える。

「ただし、それは桃の体から跡が消えるまでだ。」

いつもいつも血を桃から貰っていたら、桃の体が持たんからな。
そう言って、旦那さんは屋敷の奥へと消えていった。
紅さんは、旦那さんが消えた場所を睨みつけていた。

「‥‥お前、桃っていうのか」
「あ、‥はい」
「‥よろしくな」

そう申し訳なさそうに笑いかけてきた紅さんは、長い廊下を進みだした。
私はその後を急ぎ足で付いていく。
紅さんは、おそらく自分の部屋であろう前に立つと、一度後ろを振り向いた。

「世話係りなんか付けても、やる事ねぇだろうにな」

ポソッと呟いて、部屋の扉を開く。
そして目に飛び込んできたのは、広い部屋の中にポツポツと置かれている机、椅子、本棚、そしてベッド。

「‥‥す、スッキリしていますね」
「だろ?」

以外とスッキリしている部屋に足を踏み入れる。
紅さんは椅子に服を掛けると、向かいのの椅子を指差して、座れ。と言った。
私は素直にその言葉に応じた。