朝早く、日が上がると同時に俺は爺ちゃんの離れを出た。
夏といえども朝は肌寒く、小さく身震い。
この時間帯はいつも、親父は広い庭で散歩をしているはずだ。
誰も回りにはいない、一人で。

親父と一対一で話す為、朝に弱い俺は頑張って早起きしたんだ。
ジャリ、と下に敷き詰められた白い石を踏みながら、見つけた親父に近づく。
この石の粒は小さく、正面に視線を送りながら歩けば、雪が積もっている様だった。

「‥‥親父」

親父の後ろについて声を掛ける。
ゆっくりと振り返って俺の姿を見た親父は、驚く事もなかった。

「やっぱり、契約したヤツは簡単には殺せんか」

どこか遠い目をしてそういう親父は手を伸ばし、俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
幼い頃、良い事をするとよく頭を撫でられたっけな。

「爺ちゃんから聞いたぜ、‥‥おふくろの事」
「‥‥」
「おふくろ、親父と契約してなかったんだってな」
「ああ」

お袋は親父と契約していなかった。
いや、言い換えれば親父はおふくろと契約しようとしなかった。

親父は契約する事は、相手の寿命を減らす事だと勘違いしていたからだ。
でも実際は契約する事で、相手の体の血の繁殖をよくして、普通の人よりも死にくい体質を作る。
親父はこの事に気が付いたのは、もう手遅れの時だった。
おふくろはといえば、身体が悪くなった時に親父が病院を勧めたのに、行こうともしなかったという。
そう、爺ちゃんは話していた。

「俺、知らなかった。親父が泣きながらおふくろに謝ったって」

何も知らねぇくせに、ヒデェ事ばっか言って‥‥

「‥悪かった」

俺は深く親父に頭を下げた。
こんなに深く頭を下げたのは多分初めてだろう。
親父はまた、俺の頭をポンポンッと撫でる。
それを合図に、俺は頭をゆっくりと上げて親父を見た。

「お前は、俺と同じ道には行かんみたいだな」
「‥ああ」
「紅、お前はこれからどうするんだ?」

そう言われてパッとしなかった俺に、親父はまだ此処に住むのか?と聞いた。
ここに住んでも俺は構わないが、命の保障があるかどうか分からない。
せっかく大切な人を見つけたのに、もう、さようならだ。という事にはしたくない。

‥‥また、アイツを悲しませる事は絶対に‥‥。