「悪ぃな」
「謝るなんて‥らしくないよ、先輩」
「‥‥」
「にしても、本当ヤってくれたねぇ。様呼びなのに酷い扱いだよ。眼鏡も割れちゃったし」

買い直さないと。
と笑う葵に手を差し出して、立たせてやった。
足元で転がっている、桃の首を絞めたヤツの胸倉を掴んで、今度は思いきり殴ろうとした時だった‥‥
トンッと背中に走る小さな衝撃と、前に回される手。

「駄目、駄目だよ‥‥ッ!!」

泣きながら俺にしがみ付いてきた桃。
涙が背中の傷に染みて、ピリピリとした痛みを感じる。

桃は俺を放そうとはしなかった。
ふと目に付いた白くて小さくて細い手は、俺の血で赤く染まっていて。
桃の言葉に応じて男の胸倉を離せば、それを確認した桃はゆっくりと俺を放した。

「どこまでお前は御人好しなんだよ」
「‥‥紅さんが、人を傷つけるのなんて‥嫌だ‥」

そう言って泣き崩れる桃。

あれ?『さん』付きに戻ってねぇか?
てか、お前はどんだけ泣けば気が済むんだよ。
さっきからずっと、ずっと泣いてばっかでよ。

着ている服も俺の血で染まって、その綺麗な黒い髪も赤黒く染まっていた。
なんで、こんなヤツの事までお前は気に掛けてんだよ。
掛けれるんだよ。

俺には、‥‥分かんねぇ。

ふと、後ろからの視線を感じて、そろぉっと振り向いて葵を見た。
葵は呆然とした表情で、俺を指さしていた。


「せ、先輩って‥‥デキてるの?その子と」

で、デキてるって‥‥

「は、はあああぁぁぁ!?な、何、ぃ言ってんだぁ、て、テメィッ!!!」
「あ、良かった。なんか静かだったから、貧血で元気ないのかと思ってた」

そ、そそそそ、そりゃ俺はコイツの事守りたいって思ってるぜ?
誰よりも一番だって‥、その、何てんだ‥す、す、好きってのだぜ?
で、ででで、でもよ、桃はどう思ってるか分かんねぇじゃねぇしよ。

「自分は‥‥紅さんの事、好きだよ?」

ポソッと隣からかなり小さな声で囁かれた言葉。
それに俺が思考停止したのは、言うまでもない。
顔がアチィ‥。
てか、最後の『?』は何なんだよ!

葵は急に静かになった俺に首を傾げた。
どうやら、桃の言葉は聞こえてねぇみたいだ。