another contract


屋敷に帰って、制服のまま旦那さんの部屋の前に行った。
私を振り返った紅さんは、確かめた。

「なぁ、もう一度訊くぞ」
「何?」
「“餌”として生きていくのは嫌か?」
「‥‥はい」

そう答えると、紅さんは一瞬悲しそうな顔をした。
でも、それは本当にほんの一瞬で。
瞬きを一つした後に見た紅さんの顔は、真剣だった。

「入るぞ」

それだけ言ってから、紅さんは旦那さんの部屋の襖を開ける。

「なんだ、お前から来るなんて珍しいな」

どこかしら趣のある、大きな椅子に座っている旦那さんは嬉しそうに微笑んでいた。
でも、そんな旦那さんに紅さんが笑顔を向ける事は無い。
顔つきはとても厳しいし‥‥

本当に、嫌いみたい‥‥。

私と一緒にいる時の紅さんとは、まるで別人。
次第に辺りに緊張感が漂う。
紅さんは鋭い刃の様な視線で旦那さんを睨み付けながら、口から言葉を零した。
きっと、この言葉を聞いて一番驚いたのは私だろう。

「なぁ、クビに出来ねぇ?コイツ」
「どうしてだ?桃は良く働くと聞いているぞ?」
「はぁ、んなのデマだよっ、デマ」

私は何が何だか分からずに、ただそのやり取りを聞いていた。

どういう事?
紅さん、何を考えてるの?

「だってこの1週間、コイツの働いているとこ見たか?」
「そういえば‥‥見てないな」

ま、まさか紅さんがこの1週間自分に何にもさせなかったのって‥‥

「だろ?だからこんな働かねぇヤツ、クビにしろよ」





私を逃す為?