「それじゃ、百夏の記憶になんかあるわけないって話だよな」


笑いながら、繁人は恥ずかしそうに鼻の頭を擦った。


「そうね、だってシゲちゃんはモモカっていう名前で仕事してた千夏ちゃんと付き合ってたんだからね」

「だってさ、モモカって何も教えてくれなかったんだ。

知らなくてもつき合えるだろうとか言って」

「同情されたくなかったんじゃない?

お店のお客さんであるうちは、どこかで一線を引いていたのかもしれないね」

「しかしさあ。そうだとすると、千夏は今どうしてるの?」


百夏はちくりと胸を痛めた。

聞き間違いでないのなら――女性は確か、天国という単語を使っていたはずだ……。


女性の顔からそれまで浮かべていた笑顔が消え、途端に眉がハの字に落ちた。


「――亡くなったのよ。もう5年になるわ」