自室を出ようと壱弥がドアノブに手をかけると、すぐにドアが外側に開いて芽衣が飛び込んできた。

「イチー!制服のリボンがみつかんないの!ピンクのやつ」

駆け込んでいた勢いで抱きついてきた芽衣はいつも通り可愛らしく、小さくて温かかった。

薄暗い病院の廊下で抱き締めた時から、ずっと変わらない愛しさが、今も腕の中にある事に安堵する自分が愚かしいと壱弥は自嘲を堪える。

「べつにうちの学校指定じゃなくてもいいんだから、今日は違うヤツつけたら?」

「やだー。ピンクがいいの」

「赤でも可愛いだろ」

「だめ。ピンクぅ」

「ったく…。わかった。顔洗うついでに洗面所とかその辺探しとくから、お前は朝飯食って化粧してきなさい」

「はーい」

満面の笑みで頷いて、背中を向けた芽衣は無防備でどうしようもなく愛しくて、抱き寄せようと伸びる自らの手が憎らしい。

変わるな。変わっていくな。どこへも行くな。

そんな、溢れ出そうな劣情を喉の奥に飲み込んで、壱弥は芽衣から目を逸らす。

迷うな。アンタが迷えば芽衣も迷う。

姫華の言葉が鼓膜に染み込んだように、何度も何度も頭の中を漂っていた。