小悪魔は愛を食べる


「それは父さんが母さんを警戒してるだけじゃん?」

「まぁ!失礼ね。ラブラブ夫婦をつかまえて」

「気持ち悪いですから。ラブラブとかほんと勘弁して」

まるで気色悪いものから目を背けるみたいに、紗江子が視界に入らないよう掌で視界を半分隠す息子に、母親は寛容だった。

「まぁ、何があったかなんて聞かないけど、アンタは馬鹿なんだから悩むだけ無駄。変に頭使うより、そうやって生意気言ってればいいの。ね?」

壱弥の隣に座った紗江子は缶ビールを手にとり、プシュとプルタブを親指で押し上げた。

「ほら、わかったらさっさと寝なさい。芽衣ちゃんがベッドで待ってるわよ」

「年頃の息子にそれはどうなの?つーか、芽衣寝てるし」

「だからなによ。どうせ起きてても何も出来ないヘタレのくせに」

がくりと壱弥が肩を落とす。

「なんか腹立つけど…それは一応、信用されてるわけね、俺」

「まぁね」

ビールをぐいと煽りながら肯定した紗江子に妙にくすぐったい気持ちになって、大きく伸びてから勢い良く立ち上がった。

「…おやすみ、母さん」

「おやすみ」

自室に向かってリビングを出て行った息子を見送りながら、もう一口ビールを含んで飲み込んだ。空っぽの胃に、アルコールが染みるのが不快で、缶をテーブルに戻す。

遠くでドアの閉まる音がして、漸く紗江子が一息ついた。

「全く。あの意気地の無さって、一体誰に似たのかしら…」

幸せにする自信はあるだろうに、なにをそんなに遠慮する必要があるのか。

あんまり悠長に構えてると、そのうち誰かに持っていかれちゃうわよ?

肝の据わった母親は、好きな子と一つ屋根の下、同じベッドに寝ながらも、何もしないでいるヘタレ息子の行く末を真剣に悩んでいた。