小悪魔は愛を食べる

* * *


深夜、零時を回ると、世界はなんだか独特の静寂で朝という始発を待つみたいに大人しくなるような気がする。

水音ひとつしない広いリビングのソファに、沈んだ体が倦怠だった。

眠いのに、眠くない。いや、違う。これは正しく無い。
眠いけれど、眠るのが嫌だ。こっちが正しい。

くだらない事を考えては納得するのを延々と繰り返す自分の思考に嫌気がさして、壱弥はソファから体を起こした。

ベランダに続くドアを開け放ち、一度深く呼吸をする。

空気が薄いのか、自分の肺がちゃんと機能していないのか、それともそのどちらでもないのか見当すらつかないが、とにかく十分に酸素が肺に届かないように感じて、自嘲が漏れた。

ガチャン。控えめな音が閑散とした静寂の合間を縫うかのごとく耳に滑り込む。

ガチャリ。物音と足音とが混じって、深夜の静けさが徐々に崩れていくのをどこか物寂しいような気分で見送って、玄関先へ壱弥は歩き出した。

「おかえり」

リビングから顔を覗かせた壱弥に、たった今帰宅したばかりの紗江子が目を丸くする。

「なーに?まだ起きてたの。珍しいわね」

「俺のベッド、芽衣に占領されてるから」

そう返して壱弥は紗江子の靴を脱ぐために無造作に置かれた紙袋と小奇麗な装飾の手提げ鞄を掴んでまたリビングに戻る。

紙袋の中身を見ると、やはり箱菓子。要冷蔵ではない事を確認して、テーブルの上に倒して置いた。

その間、スリッパを履いた紗江子が機嫌良くキッチンに向かい、冷蔵庫の扉を開けて夜食を物色し始める。

「母さん」

リビングと繋がっているダイニングのカウンター越しに壱弥が声をかけると、紗江子は「なによ」と淡白な返事をした。