『萩元さんのマスカラ、泣いても全然落ちないね。どこのメーカーの使ってるの?』
可愛い可愛い芽衣。にっこり笑った顔があまりに可愛くて、自分でも最速記録だというくらい、ぴたっと涙が止まった。
慰めの言葉なんて一言もなかった。自分の訊きたいことだけ訊いて、その後はただ隣に座っていた。それだけで、嬉しかった。救われた。
絶望の中から希望を掬い上げてくれた芽衣。
芽衣は希望をもって絶望したことがあるのだろうか。
あの時、夢見るように柔らかく笑った芽衣に訊けなかった問いは七恵の心の深くに根付いて時々疼く。
それでも訊けないのは、訊いてしまったら芽衣はきっと答えてしまう。あの純粋でいっそ爽快なくらいに潔い芽衣は、誤魔化しも嘘もつかわない。だから七恵は芽衣が怖かった。芽衣を失うのが怖いのだ。
壱弥も姫華も、同様に芽衣を失うのを恐れている。
こわい。芽衣はこわい。いつ消えてもいいように、自由に生きている芽衣が、七恵は好きで好きで、そしてたまらなくこわかった。
あの危うさを、壱弥と姫華はずっと見守ってきたのだ。だから二人は、あんなに強く芽衣だけを思っていられるのだろうか。
馬鹿だ。馬鹿。自分のために生きないのは馬鹿のすることだ。けど、芽衣を失ったら、生きていけないのはきっとあたしも同じだ。
四月から数えて、まだ三ヶ月も一緒にいるわけじゃないのに、こんなにあたしは芽衣に依存している。これは芽衣の負担になる?いや、きっと芽衣は受け止めている。ちゃんと受け止めて「ナナ」と笑ってくれるじゃないか。
芽衣は優しいよ。芽衣はあたしが知ってる誰より優しいよ。そして誰より自由できれいな生き方を選ぶ子なんだ。
ヴヴヴ……。
ケータイがズボンのポケットの中で振動する。
どうせ芽衣か姫華だろうと、七恵は窓の外を一瞥し「腹痛なので保健室行ってきます」と、いつの間にか始まっていた教師の堅苦しい数式攻めから逃れるように、教室を出て行った。授業開始から五分も経っていなかった。
しかし、七恵が出て行った後も教室の中は冷え切ったまま、誰も何も言わないまま、いつも通り授業は続けられるのだから、問題は何一つなかった。
