小悪魔は愛を食べる


* * *


ふんふんと下手な鼻歌をうたいながら、七恵ががらりと教室のドアを開けると、そこは敵地に等しかった。
にこにこ笑ってテストの範囲を話し合いつつもその仲間内をどうやって欺こうか愚考する進学組や、楽しそうに彼氏の話をしたり聞いたりしながら内心じゃ別れちまえと思ってるのが窺える女の子達の会話が耳に煩い。
教室という名のこの四角い部屋は、パンドラの箱ととてもよく似ている。
恐怖、怒り、悲しみ、憎しみといった様々な害悪、そして希望。実にうまく、色とりどりに詰め込まれているなと思いながら七恵は自分の席に座った。

最初に、教室をパンドラの箱みたいだと例えたのは芽衣だ。

『萩元さんはさ、なんで災厄と一緒に希望が入ってたと思う?わたし的にはね、きっと希望もね、最後には人を絶望させる災厄なんだよ』

希望なんて、夢なんて、そんな綺麗なものじゃないんだよ。

頭を真横から殴られたような衝撃だった。
いつだってあたしが描く夢はきらきら輝いて、どれだけ背伸びしても手を伸ばしても届かない高みにあったのだから。

今になって七恵は思う。
夢なんて本当、綺麗なものじゃないけど、それでも。それでも掴みたいと思えるなら、それはいつか掴める運命だと勝手に信じてしまえばいい。だからこそいっぱい泣いて、いっぱい藻掻いて、いっぱい傷付きながら、一つずつ拾っていく。

今のあたしの全ては芽衣がくれたもの。殆どが芽衣で作られている今のあたし。あたしはあたしがとても好きだ。

もし芽衣に出会わなければ、自分はきっとこの教室の中に埋もれて、ここがそういうもので作られた箱だということに気付かないまま、この場所を楽しい思い出にできたのだろうか。

否。きっと楽しい思い出なんかありはしない。
夢に挫折して絶望して、この箱の中で泣いていた。声も出せずにただ泣いていたあたしに気付いてくれたのは芽衣だけだった。芽衣だけがあたしを見つけてくれた。