凛子の手が、壱弥の二の腕を掴む。
「私忙しいから、できれば早く保健室まで運んで欲しいんだけど」
ダンボール箱を指され、壱弥が「ああ」と頷いた。
芽衣が首を捻る。
「イチ、雑用させられてるの?」
「そう。コキ使われてんの」
「あはは。可哀想ー。がんばれ」
「あーはいはい。ありがと。お前は勉強頑張りなさいね」
「りょーかい!じゃ、教室で待ってるから」
「ん」
ぶんぶんと手を振る芽衣に目配せし、歩き出した壱弥の後を追いかけながら、先刻までの殺気が嘘のような生温い空気が壱弥から流れているのを感じて、凛子の目が不安気に揺らぐ。
なんというか、つくりものめいていたのだと言って、信じる人間が何人いるのだろう。
ひどく曖昧な感覚が、けれど確かに存在して、凛子は黙って壱弥の背中をみつめた。
壱弥が芽衣を想うように、壱弥を想う人間だっているのに、この男はそれら全てを見て見ないふりで避けてきているのだと思うと、愛しいはずの背中がどこか歪んでみえて、一度伏せられた凛子の視線は二度と上向きになってはくれなかった。
後ろで芽衣の可愛らしい声がする。
絢人が応えて、芽衣が楽し気に笑っているのだろう。
羨ましい。なんて、思ってやるものか。噛み締めた唇が乾いて、僅かに血の味がした。
