小悪魔は愛を食べる

「違わない。華原は、瀬川がいなきゃ生きていけない。瀬川が愛してやらなきゃ誰にも愛されない可哀想な女の子。ねぇ、幸せ?好きな子ずっと独占できるのって」

「違うって言ってんだろ!!」

背中に衝撃が走った。
力任せに押され、壁に背中ごと体をぶつけた反射で咽る絢人の首に、壱弥の指が絡みつく。

「俺は芽衣を愛してるし、芽衣も…俺がいなきゃ生きていけないんだ。ずっと、永遠に」

「永遠なんて信じてるの?けっこう可愛いんだね、瀬川は」

目の前が深紅に染まる感覚に、壱弥の唇が震え、指先にまで伝染していく。

嫌いだ。憎い。何も知らないくせに、奥の柔らかい部分を千切って毟り取っていくような言葉を放つ、この男が心底憎いと思った。

ぐっと、咽頭に当たっている親指が、皮膚に、肉に、沈んだ。

「なにをしているの?」

かけられた声に、思わず手を引いた。
ごほごほと絢人が喉を押さえて軽く咽る。
見遣った先には、大きめのダンボール箱を一箱抱えた凛子が険しい表情で立っていた。

「喧嘩?」

「いいえ」

掠れた声で絢人が唸るみたいに否定した。
だが凛子は納得いかないといわんばかりの顔で歩み寄り、俯いた壱弥の前で止まる。

「なら一方的に瀬川が暴力行為を行ったっていうの?」

「いいえ。遊んでただけです」

眼鏡を指先でちょいと上げて位置を直しつつ答えた絢人の顔は無表情で、これほど遊ぶという表現が似合わない奴もそうそういないだろうに。もっとましな言い訳はできなかったのかと、凛子は眉根を寄せて二人を交互にみた。

「はぁ。いいわ。倉澤がそういうなら、今回は誤魔化されてあげるけど…けど、次は許さないからね。ほら瀬川、これ持って」

どんと押し付けられて壱弥が手を出す。腕の中にずしりとダンボール箱が納まった。

「あー、重かった。それ保健室まで運んでくれる?そしたら今回の事は私の胸の内に留めておいてあげるから」

「はぁ、まあ…いいけど」

「なによ。文句あるの?」

「って!背中叩くなよ」

僅かに仰け反って文句をたれた壱弥に、にこりと凛子が笑いかける。
絢人は壁に寄りかかったまま乱れた襟元を正していて、無関心さを隠そうともしないその態度がまた壱弥をいらつかせた。